浦和地方裁判所 昭和58年(ワ)379号 判決 1985年11月01日
原告
吉田貴志郎
右訴訟代理人弁護士
多比羅誠
高谷進
被告
橋本雄夫
右訴訟代理人弁護士
赤井文彌
船崎隆夫
高見澤重昭
山田秀一
主文
一 被告は、原告に対し、金三〇〇〇万円及びこれに対する昭和五七年六月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文第一、二項と同旨の判決及び第一項につき仮執行の宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
訴外吉田靖(昭和三三年一月二五日生、当時二四歳、以下「靖」という。)は、特許庁審査第一部商標課に勤務する通商産業事務官であつたが、次の交通事故(以下「本件事故」という。)により死亡した。
(一) 日時 昭和五七年六月四日午前零時五八分頃
(二) 場所 埼玉県新座市野寺一丁目一〇番三号先路上
(三) 加害車両 自家用軽貨物自動車(登録番号六練馬ね七八五五、以下「加害車」という。)
(四) 右運転者 被告
(五) 態様 加害車が前記路上を歩行中の靖に衝突した。
2 責任原因
被告は、加害車の所有者であり、加害車を自己のために運行の用に供していたものである。
3 損害
(一) 靖の損害
(1) 逸失利益 金五七〇八万二五八二円
靖は、本件事故に遭わなければ、平均余命の範囲内で、別紙逸失利益計算表(一)記載の年別給与額、退職金及び退職年金を得られた筈であるところ、右各収入からホフマン式計算法により中間利息を控除し、さらに、中間利息控除後の給与総額から生活費としてその五〇パーセントを控除すると、靖の逸失利益は、別紙逸失利益計算表(一)及び別紙逸失利益の計算式(一)記載のとおり金五七〇八万二五八二円となる。
(2) 慰謝料 金一三〇〇万円
靖は健康で将来性豊かな国家公務員であつたが、一瞬にしてその若い生命を絶たれた精神的苦痛は甚大であつて、その慰謝料として金一三〇〇万円が相当である。
(二) 権利の承継
原告は靖の父親であり、他に同人の相続人は存しないので、原告は、前記(一)の靖の損害賠償請求権(合計金七〇〇八万二五八二円)全額を相続により取得した。
(三) 原告の損害
(1) 治療費 金五万八九〇〇円
原告は、靖の治療費として、訴外新座病院に対して金八万五九〇〇円を支払つた。
(2) 葬儀費用等 金一六三万七一四〇円
(3) 弁護士費用 金三三〇万円
原告は被告に対し、本件事故に基づく損害賠償金の支払を求めたが、被告が誠意ある態度を示さないため、原告は、やむなく弁護士である原告訴訟代理人に本件訴訟の追行を委任し、その着手金として金三〇万円及び報酬として請求金額の一割である金三〇〇万円を支払う旨約した。
(四) 損害の填補
原告は、本件事故による損害につき、被告が加入していた自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)から金二〇〇四万七二〇〇円の支払を受け、また被告から金一〇万円をそれぞれ受領した。
(五) 合計
原告の本件事故に基づく損害賠償請求債権の残額は、前記(一)ないし(三)の合計額から前記(四)の金額を控除して、金五四九三万一四二二円となる。
4 よつて、原告は、被告に対し、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条の規定に基づき、金五四九三万一四二二円の内金三〇〇〇万円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和五七年六月四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実のうち(一)ないし(四)を認め、(五)のうち靖が歩行中であつたことを否認し、その余は認める。
2 同2の事実は認める。
3 同3の事実のうち、(二)及び(四)を認め、その余は知らない。
原告は、退職金及び退職後の年金をも本件事故による損害として請求しているが、退職年金の請求をするのであれば年別給与額の算定にあたつては国家公務員共済組合への掛金の支払額(年金への充当部分)を控除すべきであり、また、退職年金の算定にあたつては国家公務員共済組合員法に基づく年金支給対象者の平均年金受給期間を基準とすべきである。
4 同4は争う。
三 抗弁(過失相殺)
本件事故発生については靖にも次の過失があるから、原告請求の損害を算定するに当たつてはこれらの点を斟酌し、その七〇パーセントを減額すべきである。
1 本件事故が発生した道路は、幅員六・一メートル、片側一車線通行、最高速度は時速四〇キロメートルで、車道と歩道とはガードレールで区切られている。
2 本件事故は、別紙交通事故現場見取図(以下「別紙見取図」<省略>という。)表示の地点で発生したものであり、同所は、右道路に設けられた歩行者用押ボタン式信号の付いた横断歩道の直近の車道上である。
3 本件事故発生当時、歩行者用信号は赤色を示していたのに、靖は、加害車に背を向ける形で右地点に佇立していたため、青色信号に従い時速四〇キロメートルで左側通行区分を走行してきた加害車と衝突した。
4 本件事故現場は、民家や事業所等が立ち並んでいるところではあるが、本件事故は車両以外は交通量が少ない時間帯に発生したものであるから、過失相殺におけるいわゆる「住宅商店街」による減算要素の対象外である。
5 被告は本件事故発生時に酒気を帯びてはいたが、酒気帯び鑑識カードによれば、酒臭がかすかにし目が充血していたほかはすべて正常であり、本件事故直前の運転状態は、制限速度を遵守し蛇行などしないで走つていたのであるから、過失相殺における減算要素としてのいわゆる「著しい過失」は一〇パーセントとみるべきである。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1の事実は認める。
2 同2の事実は否認する。
3 同3の事実のうち、加害車に背を向けていた靖が時速四〇キロメートルで左側通行区分を走行してきた加害車と衝突したことを認め、その余は否認する。
4 同4、5の主張は争う。
第三 証拠<省略>
理由
一事故の発生
本件事故発生の事実については、事故の態様のうち靖が歩行中であつたことを除いて当事者間に争いがない。
そして、本件事故当時、歩行中であつた靖が加害車によつて背後から追突されたものであることは、<証拠>によつて認めることができ、その事故発生の態様の詳細については後記四で認定するとおりである。
二責任原因
被告が、加害車の所有者であり、加害車を自己のために運行の用に供していたことは、当事者間に争いがない。従つて、被告は、原告に対し、加害車の運行供用者として、本件事故によつて生じた損害を賠償する義務がある。
三損害
1 靖の損害
(一) 逸失利益
(1) 靖は、昭和三三年一月二五日生まれで、本件事故当時二四歳であり、特許庁審査第一部商標課に勤務する通商産業事務官であつたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、同人は健康な男子であつたことが認められる。
そして、昭和五七年簡易生命表によると二四歳の男子の平均余命は五一・五一年であるから、同人は少なくとも七五歳まで生存することができ、その範囲内で、本件事故当日の昭和五七年六月四日から六七歳まで就労可能であつたものと推認される。
(2) <証拠>によれば、靖は、本件事故に遭わなければ、昭和九三年三月末日をもつて六〇歳で定年退職となり、その間、別紙逸失利益計算表(二)記載の年別給与額欄記載の給与を受け(但し、昭和五七年分の給与は本件事故発生の翌月から一二月末日までのものであり、昭和九三年分の給与額は一月一日から三月末日までのものである。)、まだ、右退職時である昭和九三年には退職一時金として金二〇五三万二三三五円(但し、既支給分の金三九万二八〇〇円を控除した残額)を、さらに、右退職後から死亡するに至るまで年額にして金二六七万六四三二円の退職年金を受給することができたものと認められる。
(3) 他方、収入から控除すべき靖の生活費について考慮すると、靖は本件事故当時二四歳の独身者であつたが、やがて結婚して妻や子をもつ世帯主となつたであろうことが予測されるから、靖の年間生活費は、定年退職時である六〇歳に至るまでは年別給与額の三割に当たるものと認めるのが相当であり、また、それ以降については、退職年金が労働者の退職後における生活保障の趣旨で支給され、労働力の再生産費用として支給されるものではないとしても、靖がその生命を維持するために必要な経費として生活費が必要となることは否定し得ず、他方、靖が六〇歳を過ぎた後無収入であるとは限らず、靖が第三者から扶養を受ける可能性もあることに照らすと、退職年金から控除すべき靖の生活費は二割と認めるのが相当である。
逸失利益計算表(一)
年(昭和)
年別給与額
ホフマン係数
現在価額
57年
909,823
1
909,823
58
1,862,984
1
1,862,984
59
1,950,130
0.95
1,852,623
60
2,052,460
0.90
1,847,214
61
2,164,762
0.86
1,861,695
62
2,276,302
0.83
1,889,330
63
2,391,722
0.80
1,913,377
64
2,505,551
0.76
1,904,218
65
2,622,682
0.74
1,940,784
66
2,765,407
0.71
1,963,438
67
2,892,707
0.68
1,967,040
68
3,018,668
0.66
1,992,320
69
3,148,694
0.64
2,015,164
70
3,278,022
0.62
2,032,373
71
3,405,509
0.60
2,043,305
72
3,531,154
0.58
2,048,069
73
3,653,495
0.57
2,082,492
74
3,773,613
0.55
2,075,487
75
3,893,349
0.54
2,102,408
76
4,113,868
0.52
2,139,211
77
4,277,455
0.51
2,181,502
78
4,420,757
0.50
2,210,378
79
4,565,901
0.48
2,191,632
80
4,778,615
0.47
2,245,949
81
4,946,071
0.46
2,275,192
82
5,097,123
0.45
2,293,705
83
5,248,176
0.44
2,309,197
84
5,397,767
0.43
2,321,039
85
5,541,135
0.42
2,327,276
86
5,680,055
0.41
2,328,822
87
5,797,765
0.40
2,319,106
88
5,904,290
0.40
2,361,716
89
5,949,416
0.39
2,320,272
90
5,997,878
0.38
2,279,193
91
5,997,878
0.37
2,219,214
92
5,997,878
0.37
2,219,214
93
1,242,317
0.36
447,234
小計75,293,996
93
20,532,335
(退職金)
0.36
7,391,640
93年から
107年
まで
2,676,432
(退職年金)
24.41-19.91=4.50
(注)平均余命を
50.71年とし
12,043,944
総合計
94,729,580
逸失利益の計算式(一)
(75,293,996×0.5)+7,391,640+12,043,944=57,082,582(円)
給 料 生活費割合 退職金 退職年金 逸失利益
(4) なお、被告は、原告が靖の損害として同人の退職年金についても賠償を求めるのであれば、年別給与額の算定にあたつては国家公務員共済組合への掛金の支払額を控除すべき旨及び靖の退職年金の算定にあたつては国家公務員共済組合員法に基づく年金支給対象者の平均年金受給期間を基準として算定すべき旨主張する。
しかし、前者については、死者の逸失利益の認定は本質的に将来の未確定の事実に基づく概数の認定であり、また、損害賠償額の認定が裁判官の恣意にわたることを防ぐためのものであるから、認定が困難な将来の不確定な事実のすべてを、その算定にあたり考慮に入れることは、仮説の上に仮説を重ねるのに等しいので、その必要はない。そして、所得税その他の公租公課についても、これを逸失利益の賠償額から控除しないことが確定した判例(最高裁判所昭和四五年七月二四日判決・民集二四巻七号一一七七頁)であることも考慮すると、靖の年別給与額から国家公務員共済組合への掛金の支払額を控除して算定する必要はないと解すべきである。
また、後者については、その平均年金受給期間を認定することのできる証拠がなく、また、特段の事情のない限り、靖は定年退職時から平均寿命である七五歳まで退職年金を取得すると推定するのが合理的であり、右平均年金受給期間を基準として退職年金を算定しなければならないとする格別の合理性はないので、靖の逸失利益の算定にあたり、これを考慮する必要はないと解すべきである
(5) そこで、靖の逸失利益につき、年別給与額及び退職年金から前記の各生活費割合を控除し、さらにホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して逸失利益の本件事故当時における現在価額を算出すると、別紙逸失利益計算表(二)及び別紙逸失利益の計算式(二)記載のとおりとなり、その合計は金七〇一八万二二三二円となる。
逸失利益計算表(二)
年(昭和)
年別給与額
ホフマン係数
現在価額
57年
909,823
1
909,823
58
1,862,984
1
1,862,984
59
1,950,130
0.95
1,852,623
60
2,052,460
0.90
1,847,214
61
2,164,762
0.86
1,861,695
62
2,276,302
0.83
1,889,330
63
2,391,722
0.80
1,913,377
64
2,505,551
0.76
1,904,218
65
2,622,682
0.74
1,940,784
66
2,765,407
0.71
1,963,438
67
2,892,707
0.68
1,967,040
68
3,018,668
0.66
1,992,320
69
3,148,694
0.64
2,015,164
70
3,278,022
0.62
2,032,373
71
3,405,509
0.60
2,043,305
72
3,531,154
0.58
2,048,069
73
3,653,495
0.57
2,082,492
74
3,773,613
0.55
2,075,487
75
3,893,349
0.54
2,102,408
76
4,113,868
0.52
2,139,211
77
4,277,455
0.51
2,181,502
78
4,420,757
0.50
2,210,378
79
4,565,901
0.48
2,191,632
80
4,778,615
0.47
2,245,949
81
4,946,071
0.46
2,275,192
82
5,097,123
0.45
2,293,705
83
5,248,176
0.44
2,309,197
84
5,397,767
0.43
2,321,039
85
5,541,135
0.42
2,327,276
86
5,680,055
0.41
2,328,822
87
5,797,765
0.40
2,319,106
88
5,904,290
0.40
2,361,716
89
5,949,416
0.39
2,320,272
90
5,997,878
0.38
2,279,193
91
5,997,878
0.37
2,219,214
92
5,997,878
0.37
2,219,214
93
1,242,317
0.36
447,234
小計75,293,996
93
20,532,335
(退職金)
0.36
7,391,640
93年から108年まで
(注)平均余命を
51.51年とする
2,676,432
(退職年金)
24.98-20.27=4.71
12,605,994
総合計
95,291,630
逸失利益の計算式(二)
(75,293,996×0.7)+7,391,640+(12,605,994×0.8)=70,182,232(円)
給与総額 生活費控除 退職金 退職年金総額 生活費控除 逸失利益総額
(二) 慰謝料
健康な青年男子の国家公務員であつた靖が、瞬時にして若い生命を絶たれ、将来に対する希望を奪われてしまつたことの精神的苦痛は甚大であり、これに後記の本件事故の経緯、態様等を考慮すると、その慰謝料として金一〇〇〇万円が相当である。
2 権利の承継
原告が靖の父親であり、他に靖の相続人が存しないことは当事者間に争いがないから、原告は、前記1の靖の逸失利益及び慰謝料についての損害賠償請求権(合計金八〇一八万二二三二円)を相続により承継取得したものと認められる。
3 原告の損害
(一) 治療費 金八万五九〇〇円
<証拠>によれば、本件事故による靖の診察料等として、原告が、新座病院に対し、右金額を支払つたことが認められる。
(二) 葬儀費用等
<証拠>によれば、原告が、靖の葬具代、祭壇料その他葬儀関係費用として金一五六万四二四〇円を支払つたことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。そして、靖の年齢、職業等に照らすと、本件事故と相当因果関係のある葬儀費用として被告に賠償させるべき金額は金一五〇万円と認めるのが相当である。
四過失相殺
1 本件事故の発生した道路は、幅員六・一メートル、片側一車線通行、最高速度毎時四〇キロメートルで、車道と歩道とはガードレールで仕切られていること及び時速四〇キロメートルで道路の左側通行区分を走行してきた加害車が靖に衝突したことは、当事者間に争いがない。
また、<証拠>によれば、本件事故の発生した道路は、保谷市方面から志木市方面へ通じる主要地方道で、アスファルト舗装された平坦な直線道路であり、昼夜とも車両の交通量は多いが、深夜においてはタクシー、大型貨物自動車等の車両以外の交通は少なく、加害車進行方向からは障害物もなく見通しの良い道路で、後記のとおり本件事故現場と認められる別紙見取図表示の横断歩道の右側に街路灯及び照明看板がそれぞれ一個ずつあつて、現場付近は明るく、道路の両側には民家、事業所等が軒を接して建ち並んでいることが認められる。
2 ところで、<証拠>によれば、事故現場付近の道路上にスリップ痕は見当たらず、別紙見取図表示の地点を起点に志木市方面に向かつて加害車の破損したフロントガラス片が散乱していることが認められ、さらに加害車の前記速度を考慮すると、破損したフロントガラス片は衝突地点の直下ではなく、慣性の法則により進行方向斜め前方下方に落下するのが通常であることから判断すれば、加害車と靖が衝突した地点は、右地点の直前である別紙見取図表示の横断歩道上と推認される。
そして、<証拠>によれば、本件事故発生当時、事故現場に設置してある信号機は、加害車進行方向が青色を示していたと推認できる。
3 しかしながら、他方、<証拠>によれば、靖は、同人の居住していたアパートの鍵を勤務先に置き忘れてきたため、合鍵を借りに行こうとして同人の実兄の勤務していた会社に向かい、本件事故現場付近において、加害車の通行区分である車道左側部分を加害車と同一方向に歩いていたものと推認することができ、本件事故現場に設置してある横断歩行者用押ボタン式信号が、赤色を示していたにも拘らずこれを無視して横断しようとしていたものとは認められない。
4 さらに、本件事故当時、被告が酒気を帯びて加害車を運転していたことは被告の自認するところであり、<証拠>を総合すれば、被告は、本件事故前日の午後九時過ぎ頃から同日午後一一時三〇分頃までの間飲食店において日本酒約四合を飲み、本件事故当時も、酒気を帯び、呼気一リットルにつき〇・三五ミリグラム以上のアルコールを身体に保有する状態で加害車を運転していたこと及び本件事故当時は深夜で、しかも小雨が降つていたため本件事故現場付近の見通しが余り良くない状況にあつたにも拘らず、考えごとをして前方を十分注視しないまま時速約四〇キロメートルで進行したため、加害車と同一方向の前方道路左側を加害車に背を向けて歩いていた靖を発見するのが遅れ、衝突直前に発見したが時すでに遅く、ブレーキもかけないまま同人に加害車の左前部を追突させたことが認められる。
被告本人尋問の結果中右認定に反する部分は、措信できない。
5 以上の事実によれば、靖が深夜に車道左側部分を歩行していた点において同人の過失が認められるが、被告は、<証拠>によつて認められるように、業務上過失致死、業務上過失傷害及び酒気帯び運転の前歴があるのであるから、自動車の運転にあたつては一層注意しなければならないのに、故意に違法な酒気帯び運転をしたうえ、前記認定の如き状況において本件事故を惹起したものであり、その過失の程度は極めて高いと認められる。
したがつて、本件事故における過失割合は、原告が一割五分、被告が八割五分とみるのが相当であり、原告の損害について、右の割合に従つて過失相殺すると、原告の損害は金六九五〇万二九一二円となる。
五損害の填補
原告が、本件事故による損害につき、被告が加入していた自賠責保険から保険金として金二〇〇四万七二〇〇円及び被告から金一〇万円を、それぞれ受領したことは、当事者間に争いがない。
六弁護士費用
原告本人尋問の結果によれば、原告は弁護士である原告訴訟代理人らに本件訴訟の提起及び追行を委任し、着手金として金三〇万円を支払つたこと及び謝金として認容額の一割の支払を約していることが認められ、また、原告の右訴訟委任は、本件事案の性質に照らしやむを得ないものと認められるので、被告が負担すべき弁護士費用は、本件事案の内容、審理経過、難易度、認容額等諸般の事情を考慮し、金三〇〇万円をもつて相当と認める。
七結論
よつて、原告は、被告に対し、本件事故に基づく損害賠償として金五二三五万五七一二円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和五七年六月四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める権利がある。従つて、原告の本訴請求は全部理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官菅野孝久 裁判官永田誠一 裁判官山内昭善)